リクエストがありましたので、今回は札幌22か1295の記事にしようと思います。
個人的に1295と言う車両は非常に思い入れのある車両で、石狩に配属された車両で乗るのに一番時間のかかった車両です。最後までカーテンが残された中ロマ車両かと思います。
現在の石狩の中ロマ車両は、石狩管内で幅広く運用されていますが、1295配属時までの中ロマ、トップドアの車両はほぼ両型内での限定運用で、花川にはほとんど運用されることがなかったのです。
それに加えて1295は厚田在勤時代もあり、近くて非常に遠い存在の憧れの1台でした。
当時の花川で見ることができたトップドア(中ロマ)運用は「花川南9の3-石狩」でしたが、乗れる機会があれば乗って近場の用事を済ませていました。トップドアの車両運用が多かったこの運用でした。この石狩行の前に当時札幌北担当の「北74新琴似6の16-地下鉄麻生駅」の朝ラッシュ時の麻生行運用を2本こなしてから入るのですが、その北74運用を見たいと思いつつも見ることができずに終わってしまいました。
その後の昭和63年夏ダイヤ時は、朝6時40分ぐらいの北10花川南団地発の札幌タ行でもトップドア車両を見ることができましたが、この運用はトップドア車両か中型車両の札22あ3667の運用が多かったです。確かこの運用は到着後、札幌タ−石狩の運用でした。
他には、通常の路線車運用にごく稀に札22あ3404、3405が運用される程度でした。
時代が平成に変わり、北10が花川南団地から花川北3の1に延長になった当初、札幌タ12時55分発花川北3の1行がトップドア(中ロマ)運用に。札22あ2913〜2915、その他のトップドア車両に初めて乗ることができました。正面から見たら路線車のトップドア車両は何故か片道幕で「花川南団地」幕で、「花川北3の1」サボ対応でした。
石狩で空港連絡バスを担当し始めると高速車が朝の花川でも運用、「急行 麻生駅」にも運用されていました。
その後は13時55分札幌タ発の手稲南4線行でも札22あ3295、もしくは札幌テルメ専用バスの運用を外れた札幌22か・120が固定運用のように運用されていました。
新塗装元年車両の1803、1804、1806、1841と石狩に配属され、こちらは普通に花川にも顔を出し、すぐに乗車できました。
ただ、1295だけは乗車できず月日は経過し、新製後5年くらいで初めて乗れた車両でした。
と、かなり1295とはかけ離れた記事内容になりましたが、画像を貼ります。

初めて撮影した1295です。残念ながら旧塗装での塗装更新後の画像しかないです。

宮47での運用。

旧塗装のままでいてほしかった1台です。

予定にはなかったはずの新塗装更新後です。
次回更新は1528、267、266、大曲車両の順で更新します。
《10月21日乗車車両》
札幌200か1974(高速苫小牧)、札幌22か3209(高速札幌)、
札幌200か・659(02屯田)、札幌22か1820(麻01麻生)、
札幌22か1864(14札幌タ)、札幌200か2438(高速苫小牧)